永瀬豊

永瀬豊の場合

茶道日誌001 楊万里

週に一度のお茶のお稽古。お茶の先生のところへ行くと、稽古終りの、先生との雑談的なお話がまた毎週の、個人的楽しみでもある。大人になってから、特に30歳を越えたあたりから、壮年而立、なかなか誰かに教へてもらふことだとか、新しいことを誰かに学ぶこ...
仕事・バー・カクテル

密な接客ができない時に【コロナ禍のジレンマ】ソーシャルディスタンスの罠

思ひの継承は簡単ではない・自分で何とかしなきゃ、と思ってゐたころは(たぶん3,4年前ぐらゐまで)すべてのお客様に来店からお帰りまで「ひとつのストーリー」を提供しなきゃと、せっかく常滑に来て、せっかくウチに来てくれたのだからと、ある種、気負っ...
随筆・本・書評

essay【ほんとうのゆたかさとは何なのだらうか】withコロナの時代において

ゆたかさの正体、雲に似たそのカタチ「経済的な豊かさの追求」は発展途上の国々において数値的にも見た目的にも、あからさまにわかりやすく求めやすい「ゆたかさ」であって、幸せ=豊かさ(お金持ち)であるといふ図式は確かに求めやすくわかりやすい。しかし...
仕事・バー・カクテル

work【DXとUXに直面する】リアルとデジタル、アナログとバーチャル、すべてが現実である話

DXとUXに、リアルに直面してゐる。アフターデジタル いまの現店舗に勤めて、早7年になる。前の店舗から数へたら11年。現オーナー(ぼくの師匠)と2人でやってゐた11年前から随分と、振り返ってみれば色々と移り変はって、世界もぼくも、そして僕の...
永瀬豊の場合

essay【余裕とは余白であり遊びである】余裕がないといふ鉱物的硬さの嘆き(雑文)

3月に入り、国による緊急事態宣言は解除され、地方自治体独自の自粛要請も緩和されて、ぼくらの時間的には「日常」が多少、ほんの少しだけ戻ってきた。戻ると言っても、コロナ前の「日常」が全く同じ形で戻るといふことは決してなく、これからもビフォアコロ...
永瀬豊の場合

essay【茶道の所作に見る大切なこと】ふくさの折り方しまひ方ひとつで、何もかもが崩れてしまふ世界観の話

枠組みがなければ、それがはみ出してゐるのかすらわからない書道を習ってゐたころは、まだまだ幼く、幼いながらも覚えてゐること、からだで覚えてゐることは、礼に始まり礼に終るといふことぐらゐ。もちろん、綺麗な字を書く時間ではあった。が、いま思へば、...
ヒト・コト・モノ

daily product【お気に入りのMARKS&WEB商品5選+α】男のぼくが選ぶ好きなモノたちの話

もう2月ですね。コロナ禍から早1年、ビフォアコロナとウィズコロナの間で皆さまの生活もだいぶ変化があったのではないでせうか?ぼくも仕事では、緊急事態宣言や新しい生活様式により、働き方が大きく変はり、プライベエトの生き方もそれに伴ひだいぶ変化し...
随筆・本・書評

essay【コロナ禍における心身の不安定について】だから鎌倉仏教らへんに興味があるのかもしれない話

今年も始まってもう20日以上が経過した。年末のバタバタは相変らずの「師走」と言ったところで、前々の年末年始に比べたら、まばらではある人の動き。集合や密接などが制限された昨今では、当然のやうに少人数の人々がこじんまりと動く。大人数でのガヤガヤ...
永瀬豊の場合

【茶道】お茶、はじめました。

かねてからお伝へしてをりました、茶道本日より入門いたしました。お稽古はじめ先生のところへ行くまで、家を出る前からなんだかソワソワしてをりました。お茶を習ひたいと本格的に昨年から思ひはじめ、縁あって知人のご友人がお茶の先生だといふことで、昨年...
とこなめなとこ

茶筒を求めて【常滑焼】急須と器いそべ

お茶を楽しむために、その環境を整へようとしたら1,整理整頓と断捨離2,道具を揃へるといふ当然の道へ入り込んだ。整理整頓と断捨離【部屋は心の鏡である】部屋の整理やゴミ捨て、それはある種前提として……、ごちゃごちゃした中でお茶を飲むと、どうも楽...